桜色のウォークマン(1)私のウォークマンはとっても丈夫。
高校の時に買ったウォークマン。
私にしては珍しいピンク色。
桜に似た優しい色合いに、一目惚れしたような記憶がある。
お気に入りの曲をとびきりの高音質で入れて、小さめの音量で再生して、ひとつひとつの音をていねいに聴き取って楽しむのが好きだった。
(そのわりに、当時ハマっていたのはガールズロック系統である)
高校を卒業したあと、進学のために実家を遠く離れ、
大学一年の冬まではおじいちゃんおばあちゃんの家に居候させてもらっていた。
居候邸から大学までは、電車を乗り継いで1時間半。
その有り余る通学時間を、桜色のウォークマンと共に懸命に消費していた。
居候邸から最寄り駅までの道のりは
比較的近かったけれど、
寝坊・遅刻の常習犯の私は、毎日毎日猛ダッシュで
電車とどちらが先に駅に着くか競争していた。
絶対に負けられない戦いが、そこにはあった。
(しょっちゅう負けていたから常習犯なのだけれど)
なんせ、居候邸はど田舎だ。
最寄り駅は某監督の映画でちょっと名が知れた無人駅。
路線はまさに、ザ・ローカル線。
ほんの数両編成、それもボックス車両の多い。
朝の通勤時間帯と言えども1本遅れれば30分遅れる。昼ならゆうに1時間。
駅前に、タクシーの待合所があって、
毎日毎日全速力で走っていたものだから、運転手さんと顔なじみになった。乗り遅れた日には、おしゃべりをする仲になった。
ある日の昼下がり、絶対に負けられない戦いに見事にやぶれ、一時間待ちぼうけを食らった私に、運転手さんは
「もっと大学が近かったら、乗せてったげたのにねぇ」
なんて優しく声を掛けてくれた。
桜色のウォークマンを駅前の道に落としたのも、そんな風にいつものように、絶対に負けられない戦いをしている朝だった。
今日は勝ったぞと電車に乗って、はたと気づく。
相棒が、いないと!
「まあでもしょっちゅう忘れ物なんてしているし」
その日は少し手持ち無沙汰の往復3時間を過ごし、帰宅した。
帰宅して。
「家にもいないんだけど!!!」
思い返せ、思い返せ…!
今朝も、いつものように上着のポケットに入れた気がする。気がするだけだけど。
というか、状況からして、家から駅の間にある可能性がいちばんたかい。
部屋を飛び出して、駅までの道を血眼で探す。
無情にも、地面は前日の雨で水たまりだらけだ。見つかったとしても、壊れてしまっているかも知れない。
ああ、いつも無意識に共にしていたものが
不意になくなると、なんでこんなにも不安で、悲しくなるんだろう。
泣きそうになりながら、そして、とうとう駅に着いてしまった。
一縷の望みで振り返って待合所を見た、
その机に、桜色と、泥にまみれた白いイヤホンが見えた。
「運転手さん!それ、私のウォークマンです!」
運転手さんは、やっぱりそんな気がしていたよ、と手渡してくれた。
「イヤホンはもうダメみてぇだな。本体は大丈夫かい?」
「電源つきました!拾ってくれてありがとうございます!」
家に帰って、泥にまみれたウォークマンを拭う。ケースを外すと、見事に背面が歪んでいた。
とりあえず、スマホ用のイヤホンをさして、再生してみる。
曲が流れる。いつもと同じだ。
よかった。よかった…!
数ヶ月後、居候邸から大学寮へうつり、
ウォークマンと共にする時間はかなり減ったものの、
本体の歪みだけを残して
轢かれたことなんてなかったみたいに
やっぱりピンピンしていた。
そしてそのまま大学を卒業し、
また毎日電車にのる日々を過ごしている。桜色を携えて。
そして今日。
画面のベタつきが気になって、ケースを外した瞬間だった。
ケースに引っかかったのか、背面の歪みがぱかっと開いてしまった。
それだけなら力で閉じて仕舞えばいいんだけど。だけど。
音量ボタンが!取れちゃった…!
ついでにロックボタンもはずれかけている。
まさかここまで…?すくなくとも5年以上、長い時間を共にしたのに?
咄嗟にマチ針と、ピンセット(がなかったので毛抜き)を引っ張り出し、必死になって戻そうとする。
震える手。焦ってる場合じゃない!
…戻った!相変わらずピンピンだ!
いや、本当に丈夫すぎじゃーい。
そう桜色にツッコミを入れながら、
心の底から、本当によかった。と思ったのでした。
おしまい。
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最後にすこし現金な話をすると、
このオンボロウォークマンを買い換えない理由は、
愛着だけじゃなくて、今現在、ウォークマンは好みのモデルが売ってないからだったりする。
なら、iPodでもなんでも良さそうなもんだけど。
ウォークマンじゃないとダメな理由は、次回のブログ更新で。
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